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東京地方裁判所 昭和31年(モ)5904号 判決

東京都中央区西八丁堀二丁目一番地

債権者

小林誠一

右訴訟代理人弁護士

山田徳治

柳原武男

東京都杉並区東田町一丁目五十四番地

債務者

塚原博

右同所

塚原須美

右両名訴訟代理人弁護士

小山隼太

右当事者間の昭和三十一年(モ)第五、九〇四号不動産仮処分異議事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

当裁判所が昭和三十一年(ヨ)第二、一四七号不動産仮処分申請事件について、同年四月三十日した仮処分決定は、認可する。

訴訟費用は、債務者等の負担とする。

事実(省略)

理由

(争いのない事実)

一  債務者塚原博は昭和三十年十二月二十六日、同人所有の本件土地及び債務者塚原須美所有の本件建物を、電話加入権とともに、代金五百万円で債権者に売り渡し、即日金百五十万円を受領したこと、その際、残代金三百五十万円は、本件土地、建物の引渡及び移転登記手続と引換えに、昭和三十一年一月二十七日に支払うこととし、当事者の一方が債務を履行しないときは、相手方は催告を要せず、契約を解除することができる旨の約定をしたこと、債務者塚原博は、同月二十八日、債権者から残代金の提供を受けたが受領を拒絶し、本件土地、建物の引渡及び移転登記手続をしないこと、及び同人は、代金未払を理由に、同月二十八日付の内容証明郵便で契約を解除する旨債権者に通告し、右書面は同月三十日に到達したことは、いずれも当事者間に争いがないところである。

(被保全権利の存否)

二 よつて、まず、債権者が、債務者等に対し、その主張するような被保全請求権を有するかどうか、換言すれば、債務者塚原博のした契約解除の意思表示が効力を生じたかどうかについて判断するに、債権者は前掲残代金の支払期日は一応の期限であり、現実の期限は改めて協議する約定であり、その約定に従つて翌三十一年一月二十日に至り、これを同月二十九日と定めたと主張するが、成立に争いのない甲第二号証、乙第一号証の一、二、同第六号証の一、債務者塚原博本人尋問の結果(第一回)によりその成立を認め得る乙第二号証の一、二、同第六号証の二、同第七号証及び同第十一号証の一、二の各記載並びに同人の尋問の結果(第一、二回とも)を綜合すると、債務者等は、本件土地、建物等を債権者に売却する当時、船田竹三から本件土地の権利証等を差し入れて金七十万円を、太平信用金庫から本件建物を抵当に入れて金六十万円を、それぞれ借り受けており、その元本及び利息の支払が滞つているうえ、昭和二十六年以降の固定資産税及び市民税の滞納によつて本件土地、建物を差し押えられているほか、相当の債務があり、これを何とかしなければならない事情にあつたが、かといつて、これを弁済する資力もなかつたので、本件土地、建物を早急に処分して、その代価によつて、これらの債務を弁済し、かつ、転居すべき家屋を購入しようと考えて、本件土地、建物を売却したことが一応認められる。したがつて、前記甲第二号証の記載中「第五条……期日は昭和三十一年一月二十七日とす。」とあるのは、確定的に代金支払の期日を約定したものというべく、「後日改めて期日を定める約定であつた」旨の債権者の主張は、むしろ、同条但書の「右期日は双方協議を以て之を変更することを得。」との趣意を相互に確認しあつたものにほかならないものと解される。しかして、右一応の認定事実と証人竹内厳の証言、債務者塚原博本人尋問の結果(第一、二回)、並びに、後記のように債務者塚原博が履行の提供をしている事実を合せ考えると、前記期日が、その後同月二十九日に変更されたものとはとうてい認め難く、債権者本人尋問の結果中前記債権者の主張に符合する部分は、ただちに措信し難く、他にこれを覆えすに足る疎明はない。

しかして、前記乙第二号証の一、二、同第七号証、同第十一号証の一、二、成立に争ない乙第三号証の一から二十七、三十、三十一と債務者塚原博の本人尋問の結果(第一、二回)とを綜合すれば、債務者塚原博は、同年一月十九日、肩書地所在の土地、家屋を債務者等の転居するそれとして買い受けて手附金を支払い、翌二十日前記滞納税金を支払つて、本件土地、建物に対する差押の解除を受け、船田竹三及び太平信用金庫に対して、同月二十七日に前記債務を支払う旨申し入れて、同日中に抵当権の抹消手続と権利証の返還をそれぞれ受けるべく了解を得、更に転居のため荷物を整理して、本件土地、家屋の引渡及び移転登記の準備一再を完了したので、同月二十七日、その旨、債権者に通知したことが肯認される。

しかして、同日中に債権者が代金を支払わなかつたことは、当事者間に争のないところであるが、債務者塚原博が同月債権者の不履行を理由に特約に基いて前記売買契約を解除した旨の債務者等の主張事実は、その提出援用するすべての疏明方法によるも、ついにこれを推認することができない。すなわち、債務者塚原博本人尋問の結果(第一、二回)のうち「私は安田信託銀行に対して二十七日の夜まで待つが、それ以上は待てない。」「今日が最後だから今日中に代金を持つてこなければその後は待てないといつた。」旨の各供述及び証人竹内厳の「二十七日に期日を延期してくれと債務者塚原博に了解を求めたのは、同人が二十七日中に代金支払を受けなければ契約を解除するといつていたからである。」旨の証言によつては、債務者塚原博が債権者に対し、予め履行期を延期する意思のないことを通告して、強く履行を要求したことは認められても、進んで、債務者等の主張するように二十七日に履行しないことを条件にして契約解除の意思表示をしたものとは認め難く、更に翌二十八日、再度口頭で契約を解除した旨の債務者塚原博の供述もただちに措信し難く、他にこれを認めるに足る疏明はない。

また、債務者塚原博は、債権者に対し、昭和三十一年一月二十八日付内容証明郵便で代金未払を理由に契約解除の意思表示をし、右書面は同月三十日に到達していること、及び同月二十八日に至り債権者が代金を現実に提供したことは、いずれも当事者間に争ないことを前記のとおりであるが、このような事実があつたからといつて、これにより前記契約が有効に解除されたものということはできない。すなわち、契約解除の効力は、その意思表示が到達したときに発生することはいうまでもなく、意思表示が発せられても、その到達前、しかも履行期に遅れること僅か一日にしか過ぎない同月二十八日債権者が残代金を提供していること前段掲記のとおりである以上、右履行期を一日だけ徒過したために債務者塚原博が著しい損害を蒙るという特段の事情の見るべきもののない本件においては、右提供によつて解除権は消滅したものと解するを相当とすべく、したがつて、右売買契約は、いまだ存続するものということができるから、債権者は、債務者等に対し、これに基く本件土地、建物の引渡並びに所有権移転請求権を有するものということができる。

(保全の必要性の有無)

三 本件仮処分の必要性は、当事者間に争いのない債務者等が本件土地、建物を売却しようとしていること、及び本件口頭弁論の全趣旨に徴し、これを窺うに十分である。

(むすび)

四 以上説示したとおり、本件において疎明された事実関係のもとにおいては、債務者の本件仮処分申請は理由があるものということができるから、これを認容してした主文第一項掲記の仮処分決定は相当である。よつて、これを認可することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第九部

裁判長裁判官 三宅正雄

裁判官 宮田静江

裁判官栗山忍は転補のため署名捺印することができない。

裁判長裁判官 三宅正雄

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